| ▼8月号:宮崎 達也 の気持ち |
「思考の旅 -ドリーとメモリー-」 はじめに 98年12月28日、「ノート」で浅野先生が書き込まれた文中に「パブリック・メモリー」という言葉がある。 藤くんはその次の日思考の旅に出たようだが、それから戻ってきたかどうかわからないので、私もちょっと思考のパック旅行に出てみた。パック旅行の良い点はかなり高い確率で自分の家に帰ることができる所だ。 (編集註:「ノート」はこのサイトの掲示板のこと。また、藤は、旅の途中に目的を果たすことなく、次の旅へと発ったらしい) 1日目 メモリー 「メモリー=記憶」とするならば、一体記憶は人間のどの部分で行われているのか。現在物を考えたり、記憶したりするところは脳であるとする考えが一般的である。 特に記憶に関しては脳の海馬が関係すると言われている。ところが、脳を持たないクラゲやもっと細胞の少ない生物まで、あたかも考えているように、学習してるように行動するのはなぜだろう。作家 夢野久作は小説「ドグラ・マグラ」のなかで脳は考えるところではなく、体の各部分からの情報を集める部分にすぎないと言っている。我々の細胞一つ一つが物事を考え、記憶していくという興味深い考え方である。実際に細胞一つ一つにはDNAが存在し、単細胞生物からの記憶を持ち続けていることは明らかになっている。少し話が遠ざかったので1日目はここまでとする。 2日目 ドリー 1996年クローン羊ドリーは生まれた。 手塚漫画にはよくクローンが出てきた。手塚漫画の好きな私は次にアトムが作られると信じている。その次はウランやコバルトが作られるだろう(コバルトは双子だった記憶があるが誰か知らないだろうか)。 ドリーは体細胞から生まれた完全なクローンである。両親が持っていた記憶の有無はわからないが、羊となるべき最低限の記憶だけは体細胞の中に存在することを証明してくれた。ドリーのような動物だけではなく、もっと単純な植物である樹木も当然DNAを持っている。すなわち生物としての記憶を持っている。 植物のクローンは私たちの前には腐るほどあり、例えば観葉植物のランが購入できる値段になったのもクローン技術のおかげである。とは言いつつもまだ気楽に買える値段ではないのだが。2日目もだいぶ遠ざかったので、うやむやのうちに終わってしまう。これぞパック旅行の醍醐味である。 最終日 パブリック・メモリー 日本の家屋は木造が大多数であり、その木材はその土地でとれる物を利用することが良いとされてきた。 1日目・2日目で見たように生物がDNAの中に記憶を持つとすると、木造建築の柱や梁自体にその土地の風土で育った植物の記憶が埋め込まれていると考えられる(最近は輸入材も多いのでどこの記憶が集まって建築物が完成するのか定かではない)。そんな記憶で造られた民家が街を形成し、また街中にも木々が生えているとなれば、これは記憶のパレード状態だ。リオなら記憶がサンバを踊っているかもしれない。 このような記憶が集まった状態を「パブリック・メモリー」と呼ぶのではないか。と強引に結論づけて家路を急ぐ。 旅日記 編集担当より「K氏やM氏に原稿を頼んだが、なかなかあがって来ない」とのことでエッセイを書くことになりました。 勝手な解釈ですが、OBエッセイの趣旨が「言いたい放題」だったので「言った者勝ち」と思い、書いてしまいました。何せパック旅行なので本質には何一つ迫っていません。あとはみなさんが自由に思考の旅にお出かけください。旅運をお祈りいたします。 平成11年 8月 7日 平成7年度卒 宮崎 達也(みやざき たつや) |
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