*エッセイ*


▽▲▽▲▽▲OBの気持ち▲▽▲▽▲▽

For asano lab community from old members


up date 2000/04/11



趣旨

浅野研究室OBからメッセージが届きました。
言いたい放題の月刊エッセイ集。
*2000年第1号です。






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▼4月号:藤 繁和 の気持ち

『風土の意匠』出版記念
センセと僕の旅行日記。(1)



    はじめに

    僕は今、某編集社で働いている。
    浅野先生の紹介だった。
    もう連載は終わったが、
    この会社では浅野先生の『風土の伝承体』が
    掲載された雑誌を制作している。
    浅野先生ファンの皆さまには大変申し訳ないが、
    僕はこの会社で、
    浅野先生の『風土の伝承体』取材に同行するという
    めちゃめちゃラッキーな機会に恵まれた。
    つまり、先日完成・発行した
    先生の著書『風土の意匠』の取材である。
    まあ、皆さん、せいぜい羨んでください(笑)。

    さてさて、僕が同行した取材は最終回までの五編。
    これから毎月5回にわたって、
    その内容の一部を教えてあげよう!
    ・・・・っていうか、
    報告の義務が僕にはありますね。

    では、今月は
    御影石の住宅地[兵庫県芦屋市]
    塩飽大工[香川県丸亀市塩飽本島町]
    を取材した平成10年5月15日〜17日のお話をば・・・。

    ****************
    平成10年5月15日。
    天気はなんとなく晴れ。
    この日は初めての「風土の伝承体」同行取材。
    朝8時45分のひかり155号でセンセと待ち合わせ、
    一路ニッサン、いや神戸へ。

    この日は常平さん(旭出版企画社長)が
    あとから合流するということで、
    一日中ロケハンである。
    常平さんはセンセが連載を初めて以来、
    その写真撮影を担当している。

    さて、この日のブツ(狙い)は御影石である。
    センセは神戸の高級住宅街である六麓荘や
    その周辺にあたりをつけていた。

    まず訪れたのがライトの山邑邸周辺。
    山邑邸は阪神大震災の影響で、
    修復工事中だった。

    レンタカーを道ばたに停め、山道を歩き昇る。
    外構に石壁を使用する家ばかり。
    川の袖にある崖は、赤い石が見えていた。

    そして六麓荘へ。
    とにかく山道をあちらこちらと走る走る。
    高級住宅街というだけあって、
    規模の大きな家ばかり。
    屋根瓦も一文字葺きなどがみられた。
    盛りだくさんの緑と御影石の野積みのコントラストがきれいで、
    とっても印象に残っている。
    p.115の下の写真は六麓荘入口付近。
    上の写真はずっと奥まったところ。
    カラーで見ていただけないなんて、もったいない。
    ぜひ、現地に行って下さい。
    場所を聞いていただければ、
    記憶の限りはお手伝いします(笑)。

    こうやってカメラマン役の常平さんと
    合流する前にロケハンをするのが、
    僕が同行するようになってからの
    「風土の伝承体」取材スタイルになった。


    5月16日、天気は小雨模様に。
    8時半にホテルを出る。
    前日ロケハンで決めていた撮影場所へ3人で向かう。

    そこでのセンセと常平さんの会話。
    「石畳に蝉の音がしみ居るような写真を撮って下さい」
    「またそんなこと言って・・・。よござんしょ。やりますよっ!」
    センセから常平さんに写真のテーマが毎回告げられる。
    これまで2人でやってきた風土の伝承体の取材では
    いつもこんなヤリトリがされていたらしい。

    そしてまたまた羨ましい話。
    写真撮影途中に山邑邸へ寄ってみた。
    工事途中にも関わらず、
    なぜかこの日は入館させてくれた。
    さ〜いこ〜。
    建築作品に関心の低い僕であっても
    その素晴らしさはわかる。
    とにかくディテールが細かい。
    寺社建築に通じるところがあるという印象を現物から得るなんて、
    いや〜、もうけもんだなぁ。

    その後、撮影終了とともに
    次の撮影現場である塩飽本島に向かうため、
    一路、下津井港へ。
    港に着いた頃、天気はどしゃぶりになっていた・・・。

    フェリー乗り場は、周りにな〜んにもないような、
    何とも表現しにくい場所だった。
    塩飽本島行きのフェリーを待って、近くの喫茶店で食事。
    こういうところを場末の食堂っていうんだろーな。
    もう初めてと思うくらい汚かった。

    塩飽本島で船を下りると、
    乗船前に電話しておいた民宿の主人が
    車で迎えに来てくれていた。
    主人は塩飽大工の末裔と言うが、
    民宿はメーターモジュール。
    甥っ子がつくったと言っていた。

    まー建物の酷いこと酷いこと。
    階段はめちゃ急勾配だし、
    隣の部屋の灯りは漏れるし。
    そう思っているのは僕らだけではなく、
    主人もそう思っているようだった。

    さて、この島の取材で困ったのは、
    レンタカーもレンタサイクルもないということだった。
    島と言っても周囲は何キロもあり、起伏も激しい。
    「今日は、もうあんたらの他に客はこないから」と
    民宿の主人に送迎用のマイクロバスを借りる。
    久しぶりのマニュアル車の運転で心が弾んだが、
    それが青ざめた気持ちに変わるまでにそう時間はかからなかった。

    重要伝統的建造物群保存地区の路地は狭く、
    すぐに車で進めなくなる。
    右に曲がったと思えば、
    それ以上進めないなんてことは何回かあった。
    とにかくUターンするのにも
    すぐに低い軒にぶつかりそうになる。
    細かいターンを繰り返し、
    何とか伝統的建造物に傷つけず帰って来れたのは
    奇跡的と言ってよかった。

    民宿を中心に島を半周して、ロケハンを終える。
    民宿に戻っても、食事までの時間が随分あって、
    することがない。
    センセは時間つぶしにタウンページを読みはじめるし・・・・。
    何を見ていたかは、センセに聞いて下さい。
    まあ、予測のつく人は何人もいるでしょうけどね(笑)。


    5月17日。
    なんとか雨は上がるも、
    写真を撮るには暗すぎる天気。

    朝、センセに言われたこと。
    「昨日は遅くまで起きてたみたいだね。部屋の灯りが漏れてたよ」
    あぁ、メーターモジュールの民宿がうらめしい。

    ただ、夜はライトアップされた瀬戸大橋が窓から見える。
    テレビ以外にも見れるものがあって良かった(笑)。

    さて、
    この日は民宿の主人が用意してくれた、
    農作業用軽トラックを借りた。
    センセは勇んで荷台に昇る。
    僕は映画の一風景のように
    荷台の荷物を揺らしながらゆっくり車を走らせた。

    荷台のある軽トラックは、
    写真撮影には功を奏した。
    高い位置から写真が撮れるからだ。
    前日、あたりをつけておいた撮影場所で
    一枚一枚撮影を終えていく。

    千歳座では、回り舞台の構造を管理人が見せてくれた。
    回り舞台にある小さな蓋を開けて、床下に潜る。木のレールに木の玉。
    回し方は舞台を支える軸から出ている二本の棒を
    みんなで押すというものだ。
    ま、よく見る奴隷の図を思い出してくれれば分かりやすい。
    管理人のおじいさんは、建物の腰壁を倒して前舞台をつくったり、
    とにかく嬉しそうに千歳座を紹介してくれた。
    東京からの取材なんて言ったらそうなんだろうな。。

    なんとか無事に取材を終えて帰宅の途に。
    帰りは、フェリーを逆方向、丸亀行きに乗船した。
    丸亀の商店街はちょーっと寂れた感じだったかな。
    丸亀駅からJRで瀬戸大橋を渡る。
    岡山駅で新幹線に乗り換える。
    初めてのぞみ500系に乗った。
    まるっこいデザインは、窓側の席がキツそうだった。

    ***********************

    ちょっと長くなりましたが、
    日記みたいなモンですな。
    次回は気仙大工[岩手県陸前高田市]取材の話です。
    また来月をお楽しみに!(笑)


                         平成12年 4月11日

                 平成8年度卒 藤 繁和(とう しげかず)





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